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今月のつぶやき「1985年8月12日」(教員)

  • 2024-09-01
  • diary

1985年8月12日

1985年8月12日、39年前のこの日、羽田発伊丹(大阪)行きの日本航空機が御巣鷹山の山中に墜落し、500名を超える乗員・乗客が命を落としました。
夕刻のニュースでそれを知った田舎の母から、その飛行機に私が乗っているのではないかと危惧して会社へ電話(固定電話)を掛けて来ました。というのも毎年8月13日〜15日のお盆の期間は必ず福岡へ帰省していたためです。航空機で大阪まで行ってその後新幹線に乗り換えて帰ることは基本ありませんが、万が一を心配したとのことでした。母からの連絡で初めて墜落事故を知り、研究室の皆なにそれを伝えるとテレビ前に集まり臨時ニュースを見守っていました。
 その当時、私はNTT 研究所の移動体通信方式研究室に所属しており、第一世代移動通信方式の研究開発を行なっていました。研究室では基地局の電波を遠方に無線中継するリピータの試作開発も行なっていました。
 当時、御巣鷹山には固定電話の通信回線がありません。また、無線通信が可能な自動車電話の圏外エリアでもありました。そのため、現場で捜索、救出に当たっている警察や消防関係者は捜査本部等と連絡を取る手段がありません。その状況を少しでも緩和すべくNTTは当時試作段階であったショルダー型の自動車電話(ショルダーホン)、無線中継装置(リピーター)を御巣鷹山にもって行き、無線中継装置により御巣鷹山を圏内エリアにして通話可能となったショルダーホンを捜査関係者に提供しました。
 先月8月12日の夕刻、帰省のため羽田空港に向かう電車の中で御巣鷹山関連のネットニュースを見て、当時の記憶が蘇りました。スマホから目を外し車窓から空を眺めると夕焼けの中に青空が広がっていました。墜落当日の夕刻の天候はどうだったのかは思い出せませんでした。
 現在、当研究室では大規模災害対応の携帯無線中継システムの研究開発も併せて実施しています。